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心に浮かぶ「もやもや」を言語化したい

近現代日本で繰り返される主題「いのち短し恋せよ少女(イノチミジカシコイセヨオトメ)」

[字数:約7000字]
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この記事で紹介する「ゴンドラの唄」が使用されるもっとも有名な作品・黒澤明監督作品『生きる』

皆さん、「いのち短し恋せよ少女(おとめ)」というフレーズを聞いたことがありますか。

これは大正時代に流行した歌謡曲「ゴンドラの唄」の1節です。

このフレーズにまつわる話を書いていきます。


◯目次
プロローグ:中公新書『定年後』を読んでいました
1. 「いのち短し恋せよ少女」と聞くとあなたは何を思い付きますか?
2. 「いのち短し恋せよ少女」の原点「ゴンドラの唄」
3. 「ゴンドラの唄」に影響された作品
3-1. 黒澤明監督作品『生きる』
3-2. 森見登美彦著小説『夜は短し歩けよ乙女
3-3. クリープハイプの楽曲「イノチミジカシコイセヨオトメ」
4. 「いのち短し恋せよ少女」のスローガンが持つメッセージ性を考える
◯参考URL等


プロローグ:中公新書『定年後』を読んでいました



中公新書から出ている『定年後』という新書を読んでいました(筆者は22歳ですが笑)。

映画「生きる」
(…)
そして雪の降る夜に、その公園のブランコで「ゴンドラの唄」を歌いながら(引用者注:主人公が)息を引き取る。
黒澤明監督の映画「生きる」の一場面である。面白いことに、転身者の取材の中で何回かこの映画の話題が出たことがある。この映画が好きで何回も見たという人もいた。公園にあるブランコを見つけると、それに揺られながら「ゴンドラの唄」(いのち短し、恋せよ、少女……)を口ずさむこともあったそうだ。
楠木新(2017)『定年後』中公新書 p.197より


この箇所を読んだぼく:「え、『いのち短し、恋せよ、少女』……って、クリープハイプぢゃん……。」

クリープハイプをご存知でない方も、とりあえず先に進みましょう。あとでご紹介します。
まずはこの質問からどうぞ。

1. 「いのち短し恋せよ少女」と聞くとあなたは何を思い付きますか?



森昌子 ゴンドラの唄 1986  Masako Mori
森昌子さんヴァージョンを最初にどうぞ!

おそらくほぼ全ての人が「なんとなく聞いたことがあるような気がする」という反応をされるでしょう。ありがちな発想ですし。僕には、自由恋愛を推し進めるようなスローガンに聞こえますね。



どこで「いのち短し恋せよ少女」を聞いたか

もしこの言葉をちゃんと聞いたことがあるように思う人は、おそらく以下のどれかに当てはまると思います(いっぱい書いちゃいました…)。

アンデルセン作、森鷗外訳の『即興詩人』のヴェネツィアの場面で、主人公がゴンドラに乗る際に聞こえてくる舟唄と同じ内容
②大正時代の歌手松井須磨子により好評を博し、現在でも歌謡曲として歌われる「ゴンドラの唄」の1節
ツルゲーネフの劇『その前夜』が日本で舞台化された際の劇中歌「ゴンドラの唄」の1節
黒澤明監督作品「生きる」で主人公が最期にブランコで歌う「ゴンドラの唄」の1節
⑤ 映画化もされた森見登美彦著の小説「夜は短し歩けよ乙女」のタイトルと同じ語感

NHK連続テレビ小説「マッサン」に出てきたケイト・フォックスが歌った「ゴンドラの唄」の1節
⑦ ロックバンド、クリープハイプの楽曲「イノチミジカシコイセヨオトメ」と同じ語感

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「マッサン」観てないからよくわかんないんだけどね…

つまりは、「ゴンドラの唄」それ自体(②、③、④、⑥)か、その元となった題材(①)、またはそのパロディー(⑤、⑦)の3種類となります。

僕の場合は、冒頭にも述べました通り、クリープハイプという若者バンドの楽曲と、森見登美彦さんの小説を知っていたくらいだったわけです。黒澤明監督の映画「生きる」なんて観たことも聞いたこともありませんでした。一般的な若者であれば、「マッサン」、森見登美彦さん、クリープハイプと関連して、「いのち短し恋せよ少女」を知っていれば詳しい方でしょう。

先ほどの新書『定年後』がターゲットにしている団塊の世代の方々には、きっと歌謡曲としての「ゴンドラの唄」や映画「生きる」の1場面が思い出されるでしょう。

2. 「いのち短し恋せよ少女」の原点「ゴンドラの唄」


丁寧に経緯を説明していきます。


ゴンドラの唄 ~松井須磨子・他~ ノイズが酷いですが、松井さんによる歌唱(1:28から)

このフレーズ「いのち短し恋せよ少女(おとめ)」が完全な形で最初に現れたのは、大正4年(1915年)に吉井勇さん作詞で発表され、ヒット曲となった歌謡曲「ゴンドラの唄」でした。

当時、先行して大ヒットとなっていた「カチューシャの唄」を中山晋平によって作曲され、歌詞は吉井勇、歌は松井須磨子によるものでした。芸術座第5公演『その前夜』の劇中歌として「ゴンドラの唄」は披露され、その後永く愛されることとなります。松井須磨子は「カチューシャの唄」も歌った、日本初の歌う女優だったそうです。

作詞を担当した吉井勇は、この歌詞の題材に 森鷗外が翻訳したアンデルセンの小説『即興詩人』に出てくるボヘミア民謡を使用したとしています。レファレンス協同データベース(2015)からの引用です。

『歌おう大正時代』高橋整二編・刊 2002 <767.8/312B 常置>(22311120)
「ゴンドラの唄」解説に、「森鴎外の「即興詩人」に出てくるベネチアの民謡の一節に、「朱の唇に触れよ、誰れが汝の明日猶在るを知らん。恋せよ汝の猶少く(わかく)、汝の血猶熱き間に云々」を基にして吉井勇が作詞したと伝えられており」(p57)と記載あり。

実際に、吉井勇による他のエッセイや書簡においても、このことが触れられています。こうしてアンデルセンの小説に出てくる主題が、森鷗外の翻訳と、ツルゲーネフの脚本(『その前夜』)による舞台上演という機会を得て、日本にもたらされたのです。



楽曲の特徴(「歌い継がれる」理由)や、アーティストのカバーについては、こちらのブログをどうぞ。
100年前に生まれた「ゴンドラの唄」が今も愛される理由 http://www.tapthepop.net/sommelier/28997#bmb=1

3. 「ゴンドラの唄」に影響された作品

驚くべきは、そのリバイバル作品やパロディーの多さです。冒頭に述べた皆さんが「いのち短し恋せよ少女」を目にしたであろう作品というのは、ほとんどこの「ゴンドラの唄」に影響を受けたものです。

3-1. 黒澤明監督作品『生きる』


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映画「生きる」



ゴンドラの唄 / 船歌 / The Gondola Song (Ikiru 黒澤明)
後半にはバッチリ「ブランコ」のシーンが入ってます!日英中字幕付き!

黒澤明監督が映画「生きる」の中で、主人公が息を引き取る直前にブランコに乗りながらこの唄を口ずさむそのシーンは、映画を観た人に衝撃的な印象を与えるはずです。

市役所の市民課長であった主人公は、胃ガンで自分の人生が長くないことを知ります。そこで30年無欠勤だった職場を休み、夜の盛り場に足を踏み入れます。けれども、元部下の女性から励ましを受けて職場復帰し、長らくの住民の要望であった公園を完成させるのです。その公園の中、市民課長は「ブランコの唄」を口ずさみながら、息を引き取るというストーリーです(楠木 2017)。

「いのち短し」のメッセージを存分に伝える劇中歌の使い方ですね。あと、女性(少女)の気持ちを歌った唄なのに、男性が歌唱しているというのも興味深いですよね。観てみたい。


このブロガーさんによれば「泣ける」映画らしい。
https://ameblo.jp/oonaoki-ando/entry-12271271924.html


3-2. 森見登美彦著小説『夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

2006年に発表された森見登美彦による小説『夜は短し歩けよ乙女』は、Wikipediaによれば2017年2月時点で130万部のヒットとなりました。比較的若い世代の方であれば、森見登美彦の小説が好きな方もいるでしょう。2017年にはアニメーションにより映画化もされ、主人公「先輩」役が星野源、「パンツ番長」役がロバート秋山と楽しい声優陣となりました。第41回オタワ国際アニメーションフェスティバル長編部門グランプリや、第41回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞とはすごいですね。

あらすじは、大学生である「先輩」が同じ大学の後輩である「黒髪の乙女」に恋をして、京都の街を舞台に彼女を追いかけるというものです。その彼女の性格がとても自由奔放で、さまざまな出来事に自ら能天気に進んで入り込んで行くのに対し、彼女の気を引こうと主人公が後ろから付いて行って一緒に巻き込まれる、というストーリーです。舞台となる大学は明かされていませんが、京都大学だとされています。というのも森見さん京大農学部卒みたいです。京都らしさ溢れる、ファンタジーなラブストーリーで、面白いです。

ネット上で皆さん触れていらっしゃいますから、僕が細かく書く必要もないですね。小説は読んだけど、映画はまだなので観たい!

夜は短し歩けよ乙女
著者:森見 登美彦
黒髪の乙女にひそかに想いを寄せる先輩は、京都のいたるところで彼女の姿を追い求めた。二人を待ち受ける珍事件の数々、そして運命の大転回。山本周五郎賞受賞、本屋大賞2位の大傑作。
(角川文庫公式ホームページよりhttps://promo.kadokawa.co.jp/feature/yoruhamijikashi/
森見さんと小説家大森さんとの対談が面白い)


夜は短し歩けよ乙女』は、「いのち短」き「少女」が恋する物語ではないのですが、そのタイトルは「ゴンドラの唄」の歌詞が由来です。

タイトルから「恋せよ」は脱落してしまいましたが、「乙女」ではなくとも男の側が恋する話なので、「恋せよ」のメッセージは作品内容に残っています。また、「夜は短し」という設定で、主人公たちが様々なことに巻き込まれていくのは、「はかない人生を謳歌しよう」という「いのち短し」というメッセージ性も感じられないこともないです(むりやり)。

3-3. クリープハイプの楽曲「イノチミジカシコイセヨオトメ」

社会的知名度は低いと思いますが、僕が好きな曲なので紹介します。クリープハイプは日本の四人組ロックバンドで、ボーカルの尾崎世界観が書く詞が独特なのが特徴だと個人的に思います。この曲については、作詞者が直接「ゴンドラの唄」について言及している情報は得られなかったのですが、タイトルがそのまま「いのち短し恋せよ少女」をカタカナにしたものですので、その影響を受けたと考えました。(もし作詞者が元の題材を知らなくとも、その「精神」は受け継がれていると言っていいでしょう。)

曲は、アップビートな音楽に合わせて、現代の娼婦が「自らの悲惨な暮らしから脱却したい」と願う気持ちを想像した歌詞となっています。かなり悲痛な歌詞で、これに合致する人生を送っている人が日本にはいないと信じたいです。とにもかくにも、若者にまで「いのち短し恋せよ少女」のメッセージが伝わっています。
尾崎世界観イイネ!


クリープハイプ イノチミジカシコイセヨオトメ live


歌詞の引用です。

ピンサロ嬢になりました
生まれ変わったら何になろうかな
コピーにお茶汲みOLさん
明日には変われるやろか
明日には笑えるやろか
花びら三枚数えたら いつかは言えるか スキキライスキ




ちなみに、他にもパロディー作品として、「花はみじかし、恋せよオトメ。」というWeb配信漫画もあるらしいです(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10177853075)。

4. 「いのち短し恋せよ少女」のスローガンが持つメッセージ性を考える

その短いフレーズの中には、「メメントモリ(死を忘れるな)」と近代以降特有の「自由恋愛」の2つのテーマがこめられています。それぞれ「いのち短し」が「メメントモリ」、「恋せよ少女」が近代的な自由恋愛を象徴しています。

日本では「ゴンドラの唄」が発表された数10年前までは、士農工商と江戸時代以前の身分制が定着し、自由恋愛は難しかったでしょう。家柄によって結婚相手が決まったり、自分の村から出ることができず、理想の相手と結婚できないということが日常茶飯事であったはずです(ちゃんと調べてないので要出典ですね…笑)明治維新の四民平等や西洋からの近代的な思想・文化が流入する中で、自由恋愛の文化が花開いたのです。開国直後から続いた近代化・産業化がもたらした、市民生活への劇的な変化を象徴して「ゴンドラの唄」生まれたのです。

人々にとって自然に受け入れられいるテーマだからこそ、これほどまでに同じテーマが繰り返されてきたのでしょう。もしこの発想が人々に存在しなかったとすれば、芸術家や小説家といったアーティストの方にとっても、作品がインスパイアされるほど大事なテーマにはなりえないでしょう。もはやパロディーというような原型をとどめずに、このテーマは様々な楽曲や作品に出てくるテーマなはずです。近代個人主義の萌芽によって生まれた思想が現代にも息づいていることを感じました。

意識したいことは、この「ゴンドラの唄」に限ってみれば、その歌詞の源泉となったものはアンデルセンの『即興詩人』であり、西洋由来のものであるという点です。はじめてこの曲が歌われた舞台も、ツルゲーネフの台本で行われたものでした。はたして「いのち短し恋せよ少女」の発想が日本固有の恋愛観や個人主義を受け継いだものであるか、というのは更なる検討が求められるでしょう。江戸期以前にも男女の恋愛に関する大衆文化は存在したと思いますが(随筆、詩、浄瑠璃狂言、能等?)、ここから先は自分の専門ではないので、どなたかの研究を待ちましょう。
よく江戸期の物語で「心中物」って多かった気がします

結論

明治維新後の社会変動によって、人々は自由恋愛や文化・思想に慣れ親しむことができるようになった。その当時の世相を反映した流行歌の影響が、現在においても見られるという点から、当時の文化・思想は引き続き継承されている。ただし、その流行歌自体は、19世紀西洋のロマン派文学や革新的演劇の影響下にあり、日本固有のものではない。

(追加) 問題提起『「いのち短し」からといって「恋」すべきか』

あと「いのち短し恋せよ少女」の考え方とは対照的に、「命に限りがあるからといって、恋愛がそこまで大事なものなのか」という価値観も最近の世の中には広まっていると思います。例えば、LGBTのようなものに加え、一生独身を貫き通す人であったり、ポリアモニー(複数愛)のような形の恋愛観も広まっていくでしょうね。

それも多様性があって面白いですよね〜。

◯参考URL等(最終閲覧2018年4月14日)
アンデルセン(森鷗外訳)『即興詩人』.
・楠木新(2017)『定年後 - 50歳からの生き方、終わり方』中公新書.
・甦る『ゴンドラの唄』ー「いのち短し、恋せよ、少女」の誕生と変容ー(2016)http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~aizawa/mat/gondola_book.html
・レファレンス協同データベース「「ゴンドラの唄」はアンデルセンの「ベネチアのゴンドラ」という作品をもとにしているときいたが本当か」(2015)http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000167707
・TAPthePOP「100年前に生まれた「ゴンドラの唄」が今も愛される理由」(2015)http://www.tapthepop.net/sommelier/28997#bmb=1
Wikipedia夜は短し歩けよ乙女」、夜は短し歩けよ乙女 - Wikipedia
Wikipedia「ゴンドラの唄」ゴンドラの唄 - Wikipedia